「歪み=痛み」は本当か?──脳科学と解剖学から読み解く痛みの正体

整体や接骨院でよく耳にする言葉があります。
「骨盤が歪んでいるから痛いんです」
「右足が左足より1センチ長いですね」

一見すると説得力のある説明に聞こえます。しかし、これは本当に正しいのでしょうか。最新の脳科学痛み研究の視点から見てみると、その構図は驚くほど単純化されすぎています。


目次

人体はそもそも左右非対称にできている

まず押さえておきたいのは、「人間の体は完全な左右対称には作られていない」という事実です。

  • 心臓は左寄りに位置し、胸郭の形状も左右非対称。
  • 横隔膜の高さは肝臓のある右側の方が高く、呼吸運動にも差がある。
  • 肺の構造は右が3葉、左が2葉。
  • 腎臓の位置は右の方が下がっている。

さらに、骨格レベルでも多くの人に下肢長差(leg length discrepancy)や軽度の側弯(scoliosis)が存在します。
つまり「左右差がある=異常」という考え方自体が誤りで、左右差は人体の設計図に組み込まれた自然な個性
なのです。


痛みを生み出すのは「脳の判定」

次に、痛みのメカニズムを神経科学的に見ていきましょう。

  1. **侵害受容器(nociceptor)**が熱・圧力・炎症などを感知する。
  2. 信号が**脊髄後角(dorsal horn)**に送られ、そこから脳へ伝達される。
  3. **体性感覚野(somatosensory cortex)**で位置や強度が分析され、**前頭前野(prefrontal cortex)**で状況判断が行われ、**扁桃体や前帯状皮質(amygdala, anterior cingulate cortex)**で情動が加わる。
  4. その結果、脳が「これは危険だ」と判定したときに初めて「痛み」という主観的体験が生成される。

つまり、痛みは末梢で作られるのではなく、脳の解釈で生まれるのです。
同じ刺激でも「危険」と判断されれば強く痛みを感じ、「安全」と判断されれば痛みは弱まる。この柔軟さこそが痛みの本質です。


慢性痛における「危険判定の暴走」

問題は、脳が過剰に「危険」と判断してしまうケースです。これにはいくつかの科学的メカニズムが関与します。

恐怖回避モデル(Fear-Avoidance Model)

「歪んでいるから危ない」「動くと悪化する」という信念が、運動回避を引き起こします。その結果、筋力低下や柔軟性低下が進み、かえって痛みが増幅される。

神経可塑性(Neuroplasticity)と中枢性感作(Central Sensitization)

痛み信号が繰り返されると、脳や脊髄の回路が強化されて「痛み回路」が過敏化します。その結果、組織損傷が治癒しても「痛みだけが残る」状態に移行してしまう。

心理社会的要因(Biopsychosocial Model)

不安、抑うつ、怒りといった情動や、仕事・家庭でのストレスが「危険判定」をさらに強め、痛みの慢性化を後押しする。


どうアプローチすべきか

ここまでの知見から導かれる臨床的示唆は明確です。
「歪みを直せば痛みが消える」という説明は科学的に成立しません。大切なのは、患者の脳に“安全の再学習”をさせることです。

  1. Pain Neuroscience Education(痛み神経科学教育)
    「歪みは自然なもので、痛みの直接原因ではない」という事実を伝え、誤解をリフレーミングする。
  2. Graded Exposure(段階的暴露)
    痛みを出さない範囲で体を動かし、「動いても安全だ」という経験を積ませる。
  3. 自己効力感の強化(Self-Efficacy)
    セルフエクササイズや生活習慣の改善を通じて「自分でコントロールできる」という感覚を育てる。

結論

痛みは骨盤の歪みや足の長さの違いが直接的に生み出すものではない。
それは脳が「危険だ」と解釈したときに生じる体験であり、左右差や歪みは人間に普遍的に存在する自然な現象にすぎません。

重要なのは「歪みを矯正すること」ではなく、
脳に“安心の物語”を再学習させることです。

これこそが現代の痛み科学が示す、慢性痛治療の核心なのです。

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