「乳酸のせい」はもう古い。現代科学が捉える筋肉痛の正体
かつては「筋肉痛=乳酸の蓄積」と説明されていたが、これはすでに否定されている説だ。乳酸は運動後1〜2時間以内に代謝されてしまい、**遅発性筋肉痛(DOMS: Delayed Onset Muscle Soreness)**の発症時点には残っていないからだ。では、本当の原因は何なのか?
その答えは、筋損傷・炎症・神経感作・ミトコンドリア機能障害という複雑な相互作用にある。
遅発性筋肉痛(DOMS)とは?
DOMSとは、運動の12〜48時間後に発生する筋の痛みやこわばりを指す。ピークは通常24〜72時間後に到達し、その後徐々に回復する。とくに**エキセントリック収縮(筋肉が引き伸ばされながら力を出す動作)**で誘発されやすい。
例:
- スクワットでゆっくり降りる動作
- ベンチプレスのネガティブ局面
- ダウンヒルランニング
【科学的原因①】筋線維レベルでの「微細損傷(マイクロトラウマ)」
運動刺激、特に負荷の大きいエキセントリック運動によって、筋線維(特にZディスク周辺)に微細な断裂や構造破壊が起こる。これは顕微鏡レベルで確認されており、**筋形態の変化(例:Zラインのジグザグ化)**が見られる。
この段階ではまだ痛みは生じない。ではなぜ遅れて痛みが来るのか?
【科学的原因②】炎症反応と免疫細胞の活性化
損傷部位には、マクロファージ・好中球・T細胞などの免疫細胞が浸潤し、損傷組織の除去と修復を開始する。その過程で分泌されるのが、以下の炎症性サイトカインである。
- インターロイキン6(IL-6)
- TNF-α(腫瘍壊死因子α)
- プロスタグランジンE2(PGE2)
これらは、損傷部位の痛覚受容器(自由神経終末)に作用し、**感作(sensitization)**を引き起こす。
【科学的原因③】痛覚神経の感作と過敏化
免疫反応により分泌されたサイトカインが、C線維やAδ線維などの侵害受容器に作用することで、閾値が下がり、通常では感じない刺激でも痛みとして認識される状態になる。これがDOMSの核心的メカニズムだ。
つまり、筋肉痛とは「筋肉の損傷」というよりも、「その修復プロセスで起こる炎症と神経の感作」に起因する痛みだといえる。
【科学的原因④】カルシウム漏出とミトコンドリア障害(近年の注目知見)
近年の研究では、損傷した筋繊維からのカルシウムイオン漏出が、ミトコンドリアに負荷をかけ、ATP産生能力の低下や活性酸素種(ROS)の産生増加につながることがわかってきた。
これにより、細胞修復が遅れ、炎症状態が長引くため、筋肉痛が長期化する原因の一つと考えられている。
測定指標:CKとミオグロビンの限界
筋肉損傷のマーカーとしてよく用いられるのが:
- クレアチンキナーゼ(CK)
- ミオグロビン
だが、これらの値は個人差が大きく、DOMSの重症度と必ずしも相関しないことが多数報告されている。実際にCKが高値でも筋肉痛が軽いケースもあり、あくまで参考指標にすぎない。
旧説 | 最新の見解 |
---|---|
乳酸がたまって痛くなる | ❌ 数時間で代謝されている。DOMSとは無関係。 |
筋肉痛は筋肥大の証拠 | ❌ 痛みの有無と筋肥大には相関がない。 |
DOMSが起きなければ効いていない | ❌ 同じ刺激に慣れた結果、痛みが出ないだけのことが多い。 |
【まとめ】筋肉痛とは何なのか?
筋肉痛とは、単なる「傷ついた筋肉の痛み」ではなく、身体がそれを治そうとする過程で起こる「生理的炎症反応と神経感作」の産物である。
✔ 運動によって筋線維が微細損傷
↓
✔ 免疫反応が起こり、サイトカインが放出
↓
✔ 神経が感作し、痛みとして認識される
↓
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